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2018年1月9日火曜日

お恥ずかしんですが、未だに性欲があるんです( 性のお悩み掲示板)


  性のお悩み掲示板

 

 

 

お恥ずかしんですが、未だに性欲があるんです

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1. 私悩んでます  投稿者:69歳の後家 投稿日:2017/05/28(Sun) 10:22 No.26365   

主人亡き後、老人会の男の人からお食事のお誘いをよく受けます。男の人は二度目の昼食後には、「お時間ありますか?」とそれとなくホテル行きのお誘いがあります。

背が高く、太っていない私のタイプの人であれば同行します。垂れ乳ですが、皆さん「巨乳だね」と、揉んだり舐めたりされます。 

 

  亡父と楽しんだSMプレイを出会い系の彼と

3  未亡人 - 2017/05/28(Sun) 18:28 No.26370 

恥ずかしいお話しになりますが、聞いて頂けますでしょうか。亡くなった主人との性生活は、毎夜のSMプレイでした。主人がSで私がMでした。2年前に65歳で癌に侵されてあの世に旅立った主人でした。悲しみに暮れた私は、1年間は喪失感で何も手につきませんでした。

しかし1年を過ぎた頃から、主人に縛られて責められていた頃のことを、思い出さずにはいられなくなりました。押入れから、主人の手垢と私の汗と愛液の染み込んだを取り出しては、その縄に頬擦りをする毎日が続きました。思い余った私は、この歳になって初めて、出会い系サイトのお世話になりました。

出会った男性に思い切って自らの性癖を打ち明けました。男性は喜んで承諾してくださいました。62歳にもなったお婆ちゃんの私の垂れた乳に、縄を打ってくれています。同じように垂れた尻の割れ目にも縄を掛けてくれます。主人には無かったものでした。初めて受けた股縄に驚き戸惑い恥じらいました。でも数分後には、その股縄を濡らしてしまう始末でした。


彼は既婚者です。奇遇にも亡くなった主人同年の現在67歳です。プレイは私の家で行なっています。私共には子供が授かりませんでしたので、誰に憚ることなく主人とのプレイに励む事が出来ました。主人と過ごした家の中で、縛られたいと願った私なのでした。

亡くなったとはいえ、他の男性に操を捧げてしまった私です。遺影の中の主人の目がジッと私を睨んでいるように感じます。次に彼は、私を鏡の前に引き立てます。私は和装をすることがありますので、我が家には等身大の鏡が有ります。其処に映し出された我が身の恥ずかしさ。

垂れた乳への横縄、お腹の脂肪と、黒ずんだ陰唇を割って食い込んだ縦の縄。何故かそんな自分の体を目にして涙が溢れて来ました。その後、股縄だけを外されて、彼の太い肉の棒を挿入されて、恥ずかしい喘ぎ声を上げる私なのです。咄嗟に彼は、予め用意してあった手拭いで猿轡を噛ませてくるのです。


主人の猿轡は形程度のものでしたが、彼のものには容赦がありません。硬く捩った豆絞りの手拭いが唇を割って歯と歯の間に頬が括れる程に食い込まされるのです。上下の唇が形を失い、真一文字になってしまいます。その私の顔の前に手鏡をかざして、私に見せつけるのです。

醜く歪んだ自らの顔の屈辱感に、猿轡の内から振り絞る声で泣き声を漏らします。しかし、それも股間に刺された肉棒の悦びに次第に打ち消されて行くのでした。つまらないお話しで失礼いたしました。あの世の主人への罪の呵責からでしょうか、誰かに聞いて欲しかったのです。

 

  突然主人に縛られて「座禅転がし」されました

6  未亡人 - 2017/05/29(Mon) 14:35 No.26378 

私達は遅い結婚でしたので、早くに子供が欲しくて生理日を除く、毎夜に、子作りに励んだのでしたが恵まれませんでした。お互いに40歳の坂を越えて、流石に子作りを諦めた頃から、主人の方からSMの話が持ち上がりました。縄で拘束されて自由を奪われると言った怖さに、拒否をした私でした。

その日は、私の言葉に、それ以上の要求はありませんでした。その後、幾日か経った、ある夜の事でした。就寝中に襲われた私なのでした。熟睡の中にあって、何がなんだか分からない内に、後ろ手に縛られてしまったのです。驚き、声を上げた私の口に猿轡を噛ませてきた主人の行為に、言葉の自由さえも封じられてしまった私なのです。  

辛うじて自由の残っていた足をバタつかせてはみましたが、その足も胡座に組まされて足首に縄を掛けられて、微動だも敵わない達磨状態にされてしまいました。主人に抱きかかえられる様にして体を反転させられて、女としては最も恥ずかしい格好に据え置かれたのでした。「座禅転がし」と言う、お尻を宙に高く突き出した姿です。


当然股間の2つの穴も曝け出されています。女陰と肛門が明るい電灯の下でに照らし出されているのです。主人が行なっている事であるのに違い無いのに、主人では無く他の暴漢者に襲われている錯覚に陥ったものでした。

手足をきつく縛られて言葉の抵抗も封じられて、後背位で犯されました。主人にしてみれば妻との何時ものセックスであって、其処に縄が加わった程度の考えであったのでしょうが。私にしてみれば、犯されていると言った表現が適切でした。厳しい縄の縛めの中で否応無しに絶頂を迎えさせられました。悲しい女のサガですね。

「いつもより乱れていたぞ・・凄い濡れようだったぞ、良かったのか・・」 そう主人に言葉にされた時の恥ずかしさには、顔を上げられませんでした。縛られてお尻を突き出している時の羞恥など、羞恥に入りませんでした。

 
縛られて犯されているのは、不可抗力で仕方のない立場なのですが、体に纏い付く縄が無くなった時の方が恥ずかしくて、身の置きどころがないのです。自由な体を恨めしくさえ思いました。女って、貪欲な生き物ですね。つくづくそう思った私でした。

そうした主人とのセックスが毎夜に訪れて来ました。時には拘束無しで私を抱きしめて愛撫を始めた主人に対して、苛立たしく思う私なのです。主人を跳ね除けて、背を向ける私なのでした。少女の様に恥じらいながらも両腕を静かに背中に回して、その中程でそっと手首を重ねるのです。

「今夜もか・・・」との主人の言葉に、年甲斐もなく顔を赤ららめて俯いて首を落とすのです。そうして20年の歳月が流れて今日を迎えております。主人亡き後、現在のご主人様の縄の虜になってしまっている私です。


ふしだらな女と嘲笑されようとも構いません。幾つになっても女で在りたいと思っています。「女は灰まで」と申しします。この様なお話しで宜しければ、この後の進展にご興味が御座いましたら、遠慮なく知らせ下さいませ。現在のご主人様との緊縛セックスの有り様を赤裸々な迄に語りたいと思っております。

いえ、話したくて仕方ないのです。話させて欲しいのです。全てを知って欲しいと望んでいる今のわたくしなのです。

 

 

ずっと処女続きだったのに、非処女と結婚した

http://www.erotown.com/toupara/bbs/b17/index.cgi?mode=thr&no=26381#res

1. よりによって女房が初非処女  投稿者:元処女キラー 投稿日:2017/05/29(Mon) 19:44 No.26381   

初体験は高校2年、相手は同級生の女の子。お互い処女と童貞で何をどうしていいか判らず、とりあえず彼女の足をカエルのように開いて、試行錯誤でチンポを捻じ込んだ。角度が悪くて何度も弾かれるように外れていたけど、いきなりズルリッ! 「ギャーッ!」 彼女の叫びとともに、根元までズッポリ!

愛液と精液混じりの鮮血を内股に垂れ流しながら、「ウウッ、グシュ、ウウッ、グシュ・・・」と泣いていた。その後、高校を卒業するまでやりたい放題で、若い性欲をぶつけ合っていた初めての彼女。
 

大学進学で上京、アパートの隣が同じ大学の1年生の女の子、初めての一人暮らしで意気投合。何となく部屋を行き来しているうち女の匂いに発情して口説いた俺。脱がすことに成功したら、今度は慎重にチンポを挿入。メリメリ・・・ゆっくりゆっくり・・・ズパッ!「ウギャッ!」 奥までズッポシ!

「い、痛いーーっ!」と言われても、腰が勝手にパンパンパン!ズコズコズコ!ドクドクドクゥゥ。「ウエッ、ウエッ・・・」 やっぱり赤い鮮血が内股を彩り、泣きじゃくってしまった。それから快感を知っていった彼女とは毎晩ハメハメパンパンパン!

セックスの味を知った彼女は、金持ち男とパンパンパン! 「ゴメン、好きな人ができたの・・・」 3年生になる時にアパートを出て金持ち男のマンションで同棲を初めて、1年後に妊娠して金持ち彼氏にポイッ! その時、既に俺には新しい彼女がいたから取り合わなかったけどね。


その新しい彼女はバイト先で一緒の女子高生、俺が彼女と別れたのを知って告ってきた。美人ではないけどそこそこ可愛いムッチリ少女。16歳のフレッシュボディを弄りまくって喘がせて、ウブなマンコを拡げて舐めて、羞恥と快感の区別さえできないほどにイタズラした。ヌルヌルのマンコにチンポをズルッ! 「痛ーーーいっ!イタタタタ~~」「大丈夫、大丈夫だからね」

何が大丈夫なのか根拠のない慰めを言いつつ、ズコズコパンパン、ズコパンパン・・・ドッピュルルルル~~~っとムチムチボディに精液を掛けた。あららら、内股から流れた愛液交じりの血がバスタオルを通してシーツにまで染みちゃった。

そんな女子高生の彼女とは、大学卒業までパンパンズコズコ。セーラー服のまま縛ってM字開脚のマンコを先輩からもらったバイブでヴィンヴィンズコズコグリグリ、「ヒィィィィ~~~ヒィィィィ~~~」 白目を剥くセーラー服少女はいつしかムチムチが細くなり、美人になったところで、残念ながら大学卒業でサヨウナラ。


地元に戻って就職先でお姉ちゃんを探すがイマイチなイモ姉ちゃんしかいないじゃないのっ! 東京のレベルがいかに高いか思い知った。彼女いない歴3年出迎えた26歳の春、地元のお嬢様ミッション系短大出の清純そうな女の子が入社!

真っ先にツバをつけようとあの手この手で近づいた。歯の浮くようなセリフのバーゲンセールで、半年がかりで口説き落とした。ウウッ!カワイイッ!東京並みのレベルにカワイイしかも清純系! 華奢な身体は少しロリっぽくてカワイイ顔とマッチした。ピンクのワレメに舌を添わせて、おマメにむしゃぶりついてヌールヌル。

フェラもそこそこにイザ挿入! ニュルルン! 「アアーーン!」 アレ? 痛ーいじゃないの? 「アアーン、アンアン・・・」 え? こんなに可愛い顔して、あんなにピンクのワレメで、アンアン?


「素敵なセックスだった・・・やっぱり、東京帰りの男性は、お上手なのね」 処女を奪って快楽を仕込むつもりが、エロカワイイ彼女の小悪魔的魅力にハマって結婚した。

ずっと処女続きだったのに、非処女と結婚した俺。今年40歳になっても信じられないような可愛さを保つ女房は、どす黒くなったマンコを拡げて、俺のチンポを貪り食うエロ女房だ。

 

 

訪問介護行った先で患者の巨根を扱いた

http://www.erotown.com/toupara/bbs/b17/index.cgi?mode=thr&no=26419#res

1. 訪問介護行った先で患者にせがまれた看護師  投稿者:ゆみ 投稿日:2017/06/02(Fri) 14:44 No.26419   

私は看護婦の32歳です。主人は単身赴任で東南アジアにいて、半年に1度帰国して1週間ほどでまた赴任します。

昨年から役所からの要請で、1人で訪問介護をするようになりました。住まいが片田舎である関係で、数軒の訪問先は農家が多く、農繁時には患者さんだけの家もあります。

受け持ちで60歳の患者は脳梗塞で倒れ、車椅子生活をしてました。お伺いしてお風呂にお湯を張り、私は衣類を濡らさない様に水着姿になって、お風呂場に連れて行き、洗い場に腰かけさせてお湯をかけてやり、抱き抱えて湯船に入れます。


「どうですか、気持ちいでしょう」と声掛け、湯船からまた抱くようにして出してる時、患者の腕が乳房に触れて一瞬体に電気が走りました。洗い場に腰掛けさせ、背中や前を洗い手に石鹸を泡立たせて局所を洗ってると、勃起して主人より太くて長くそそり立つようになちました。

私は内心驚きもしたし、欲しい気分になりましたが、平静なふりをして「あらあら、大きくなちゃって、こうされると気持ちがいいの?」と聞くと、患者は「ウウン、ううん」とうなずくので優しく扱いて感触を楽しんでいました。

彼の手が水着の胸中に入れられ揉まれてましたが、私は陰茎を扱いたりしながら、睾丸を優しく揉んだりしました。私の陰部から愛液が溢れていました。


シャワーを掛けて立ちあがった際彼は私にしがみつき、陰部を触るので私はそのまま触ららせていました。腿の付け根から指を入れられ、陰部を愛撫されてるうちに堪え切れなくなり、セパレーツの水着を下に下げ、陰部に顔を押し付けました。

舌で愛撫され中を指で弄られ、溢れ出る愛液を啜られ私は果ててしまいました。タオルをとって濡れてる口のあたりを拭いてやり、下を見るとそそり立っているので、手に石鹸をつけて扱いてやってると、「ウう、イク」と叫んでドクドク精液を出していました。私はよく始末しながら「今したこと誰にも話さないでね」と言うと彼は頷いていました。

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