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2018年3月20日火曜日

ひとつ上の姉に夜這いまで 中2、中3(姉妹とのエッチな体験)


  姉妹とのエッチな体験

 

 

実の娘と交わり、女の子が生まれた

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1. 年の離れた妹は・・・  投稿者:笹崎 渉 投稿日:2017/01/13(Fri) 19:09 No.2361   

私には、16歳離れた妹がいます。妹は知らないことですが、妹の出生には秘密があります。私が小5の時母が私のクラスの担任と不倫して離婚しました。父は、私を抱えて困り果て、知り合いの勧めで離婚1年で早々に再婚しました。

相手は父よりも1回り若い女性でしたが、老け顔なので違和感がない女性でした。私小6、父40歳、継母28歳の生活が始まりました。

私が中2の時、父が単身赴任を余儀なくされました。30歳の継母は14歳の私のオナニーを見てしまったことから、血の繋がらない母子相姦が始まったのです。色気で惑わされ、蒼い肉体を貪られました。若返りの良薬とばかりに、滴る精液を舐め尽くされました。艶かしき三十路の肌をしっとりと濡らし、中学男子の若茎を弄びました。

 

濃厚な女の淫臭に噎せ返りながら、萎えることを知らない若茎を毎日貪られました。中学生には刺激の強すぎる淫乱の舞を見せつけられ、スキン無しで外に射精する術を仕込まれて、生肉の味わいに酔い痴れていました。

高校受験勉強の合間に、悦楽の淫水を滴らす継母に生肉棒を突き立て、「渉、今日は安全な日だから、中にそのまま出していいわよ」と禁忌の母子中出しに耽溺しました。生中出しの快感を知った私は、安全日の意味を知らずに、排卵日にもかかわらず継母の肉孔に精液を放ちました。


「ちょっと渉、今日はダメな日よっ! ああ・・・どうしよう・・・」哀れ継母は、若茎淫戯にヨガり乱れた結果、私の子供を孕んでしまいました。父は苦渋の表情をしていましたが、「俺と嫁の子として産め」と言いました。


 

私が高1の時に、女の子が生まれました。戸籍上は妹ですが、生物学上は私の娘です。そして、年の離れた妹は、私をとても慕いました。「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」と言っていました。

私が結婚して家を出る時は、当時小5だった妹は号泣し、10年後、妻の浮気で離婚した時は慰めてくれました。私が連れ帰った息子の面倒をよく見てくれて、そのせいで婚期を逃した妹と私は、男女の関係にあります。禁断の兄妹相姦は、実は父娘相姦だと私しか知りません。

 

現在私は50歳になりました。父はとうに亡くなり、継母は一昨年亡くなりました。妹と私の父娘関係を知る者は私以外いません。私の息子は現在大学3年生で東京にいます。

一昨年に継母が亡くなり、妹と、いや、娘と2人になり娘との交わりはラブホではなく家庭内でできるようになりました。「私・・・お兄ちゃんの子供を産みたい・・・私生児として育てるから」 禁断の父娘中出しで昨年娘に子供が生まれました。

とても可愛い女の子は、私の娘であり、孫でもあります。東京にいる息子には、妹が不倫の子を宿し、シングルマザーになったと言ってあります。息子は、戸籍上は従妹で、生物学的には姪であり妹になる幼児を年末年始、とても可愛がって東京へ帰っていきました。

私は、娘が産んだ娘が一人前になるまで、頑張らなければならないのです。 

 

 

ひとつ上の姉に夜這いまで 中2中3

http://www.erotown.com/toupara/bbs/b04_7/index.cgi?mode=thr&no=2365

  「見たいん?」といい、下着を膝の下まで下げてくれました

1. ひとつ上の姉に夜這いまで  投稿者:よしゆき 投稿日:2017/01/15(Sun) 15:03 No.2365   

昭和38年頃の山村の一軒屋で両親、姉との4人暮らしでした。田んぼだけでは生活できないので、父親は毎日自転車で仕事に出ていました。母は田畑の守です。テレビもまだ無く、近所も無く、必然的に姉と遊ぶことしかありません。


私はどう言う訳か幼い時から性的なことに興味が強くて、父親の買ってきた多少Hな本も良く見て、自慰も小3からしていました。たまにお医者さんごっこ的なこともしていましたが、中学1の頃まで姉を意識することはありませんでした。しかしながらセックスの対象はやはり近い存在に、どうしても目が行くのが必然です。

ある時、姉が脱衣場で風呂に入るのに、裸になっているところを見てしまい、乳房が大きく突き出ていて驚きが走りました。(いつのまに)と思いました。

 

そんなある日の夕方、居間で親のHな本を読んでいる時に姉が入ってきました。照れ隠しに姉に「こんないやらしいのが載ってるよ」と本を見せると、姉は嫌がらずに手にとって読みました。「こんないやらしいのを見ていたん?」と本を返すと、他の本を手にとって「こっちにも載ってるよ」 そのページを開いて見せてくれました。

教えた以上のいやらしい描写が書いてあります。姉もこっそり見ていたのです。姉はおとなしい性格で、大きな声で笑うことも無く、いつも静かな人でした。その姉がこんなHな本を見ていたのです。つぎつぎと教えてくれました。

思わず姉のスカートの中に手を差し込んでしまいました。「アッ」と姉は腰を引きました。指先が一瞬デルタ部分に触れました。「だめで、こっちを見なさい」と別の本を差し出してきました。怒った様子はありません。

 

少ししてまた胸を触ると「ダメ」と手を押しのけました。押し返された手をそのままスカートの中に差し込んで下着の上から揉むように触ると、意外な言葉が返ってきました。「もっと下で」と言ったのです。手を差し込んで恥骨の少し上辺りを触っていたようです。

手を少し下げて揉むと、「もっと下で」とまた言いました。意外と下の方なのに驚きました。下着の上からでも驚くほど軟らかくて、むにゅむにゅしています。「ここか」「うん」 姉が後ろに倒れて仰向けになりました。触り方も判らず割れ目の当たりだろう触っていると、「見たいん?」といいました。

頷くと姉が腰を上げて下着を膝の下まで下げてくれました。少し足を開くようにして。食い入るように覗き込む私に、「見える?」と聞いてきました。頷くと「また見せてあげるから」といって下着をもどしました。

 

私は見たといっても少し薄暗くなっていたので、割れているなと思った位で、鮮明には見えていませんでした。姉がまた見せてやると言ったので次に期待していました。 

 

  割れ目を見ると襞は開いて赤く充血しています

3  よしゆき - 2017/01/17(Tue) 11:27 No.2369 

その後、早く姉と先日の行為をしたくて、姉に目配せをしますが、チャンスが無くてウズウズしていました。学校から帰ると母が近くで畑仕事をしているし、2人きりになることが中々できません。姉の身体に触ろうとすると、「今はダメ、また見せてあげるから」と押し返されます。

私は小3の頃から毎日自慰を何度もしていましたが、精通が無かったので、下着を汚すこともなく、何度も出来て、人には言えない秘密でした。何とか自慰で姉への欲求を静める日が続きました。

そんな土曜日に学校から帰ると、母が町に買い物に出かけるところでした。帰って来るのはバスの都合などで夕方遅くになります。チャンスです。早速何時ものよう薄暗い居間に行くと、新しく買って来たらしい雑誌のいやらし部分の拾い読みを、自慰をしながら姉を待っていました。

 

少ししてから姉が帰って来ました。「いやらしいのまた見よん」「新しいのがあるで、ここ見てみ」と姉を誘いました。それからは30分位本を回し読みをしていましたが、昼間でも薄暗い部屋の中で異様なムードになっていました。


畳の部屋でテーブルに並ぶように座っていたので、先日のように手を股に差し込んでデルタ部分を指先でグリグリとすると、「アッ」と陰部を引くように動かしました。熱くてジットリして軟らかい。しかし、姉も今日は出来ると思っているようで、それ以上は逃げませんでした。

姉は私の肩に顔を乗せるようにして、少し息を弾ませているような気がしました。股は閉じようとはせずに、反って開くようにして自由に手が動かさせてくれます。(やった!)と思いました、やっとこの日が来ました。

 

しかし、下着の上からだと少しイライラします。姉も同じ気持ちだったのか「見せたげようか」と私の顔を覗きこむようにして言いました。「うん」「見せたげる」と腰を浮かせて、学校のスカートから真っ白いパンティを脱ぐと後ろに倒れました。

スカートを腰まで自分で上げて、下半身を曝け出すと赤ちゃんのように大きく股を開きました。私は不思議には思わなかったのですが陰毛は全く生えていませんでした。しかし、幼い時に見た姉の身体ではなく大人の下半身でした。顔を近付けるとマンコ臭がして何とも淫靡な匂いに頭クラクラし、まるで秘薬嗅いだようになりました。

顔を30㌢位まで近付けると、ぱっくりと大きく股を開いてくれました。割れ目を見ると襞は開いて赤く充血していて、腟口の窪地に透明な液と、白濁した液で流れる程になっていました。下着の上から触っている時にコリコリしたものが、丸く真珠のように光っています。

 

詳しい事は分からないが親の本に、『完全なる性生活』とか言う本も見ていて、それには図解入りで性器の説明や、性器を挿入した図解など詳しく書かれた本で見ていたので、(これが陰核か)と思いました。姉のは包皮は剥けて真珠のようで薄いピンク色でした。

下着の上から触った時には、乳首でも有るように、コリコリと手のひらや指先に感じました。小指の先ほどのはありました。「見える?」「見えるよ」「触ってもいいよ」「うん」「穴があるんで、見えるか?」「ここか?」と言いながら中指をユックリ差し込むと、良く濡れているので、簡単に差し込むと事が出来ました。

何度もヒク、ヒク、とざらついた粘膜が指を締め付けます。異様な興奮を覚えながら、中2の私中3の姉のマンコに触っているのです。人には言えない行為です。今でも何十年の秘密です。

 

私は興奮はしていても、意外と冷静に静かに行動をしていました。「気持ちいいだろ?」「うん」「オシッコ出そうな感じするだろ?」 私は自分の自慰の時と同じような気持ちよさだろうと思い、聞いたのです。「うん」とまた頷きました。私の差し込んだ中指は、自然と腟の天井を掻くように動かしていました。
 ゆっくりゆっくり掻くと強く腟が締め付け、指が動かしにくい程になり、尻たぼを閉めるようにして、陰部が浮き上げています。私は指を抜いて陰門の中や陰核を触ったりしてから、また指を挿入して腟の中を色んな方角をまさぐって見ました。そして自然に指を2本差し込んで見ました。


「痛くない?」「うん、もっとこんなふうに」と自分の指を動かして見せてくれました。其は指でもっと粘膜をくじるような掻くようないやらし動きをさせました。直ぐに姉が自慰の時にしているのだと判りました。姉もやっているのだ。あの大人しい姉が、本当はいやらし事が好きだったんだ。

 

人差し指と中指で姉に教わりながら続けると、姉も恥ずかし気持ちは、もうないようになっているようでした。姉はスカートを脱いで下半身は裸になって、仰向けになって真っ直ぐになりました。それからまたユックリと大きく股を開くと、マンコを見させてから「指を入れてから、ここも一緒に触ってみ」とコリコリしたものを触るように言われた。

姉も自慰のしているのだから、自分の身体の攻めかたは良く知っているのでした。右手の指を2本ユックリと根元まで差し込んで、先程姉が教えてくれたように指を動かし、左手の指で真珠を上から押さえて、やはり姉が教えてくれたように、クリクリと掻くようにしました。右手はヌラヌラになっています。

チンチンもキンキンになっていますが、姉の性器を触っていることが嬉しくて夢中でした。近親の罪悪感など全く有りません。姉の腰が浮いて陰部を持ち上げるようにして、何かに耐えるようにくねらせます。痛いのかと止めると「止めんでいいよ」と続けるように促されました。

 

姉は二の腕を顔の上に乗せて、私の指攻めの快感に耐え、息を弾ませながら、陰部を何度も宙に浮かせていました。姉も逝ったのか少しグッタリしていましたが、その間も私は、陰部を手で包んで揉むようにしていました。乳房にも手を伸ばしましたが、「胸は嫌!」と拒否されました。

大きな胸が恥ずかしくて拒否したのでしょう。飽きることなくふっくらとした恥骨や、蕩けるように軟らかい襞を揉んでいると、「見てみ」と言うとユックリと四つん這いになって、尻だけ突き上げる格好になりました。姉がこんなに大胆だったとはと驚きました。

薄暗い部屋といってもまる見えです。物凄いポーズですが、幼い方が案外大胆なのです。お尻の穴まで良く見えます。「電気点けて見ていいよ」 すこし色付いた肛門から割れ目から全て丸出しです。尻を撫でたりしてから、陰門を覗きこんで目に焼き付けながら開き、指を2本差し込んで掻くようにすると、姉が思わず「ヒー」と言うような声を漏らしました。

 

私はマンコを触れることには夢中で、飽きることなく膣の中を掻き回していると、「ここも」と真珠も一緒に触って欲しいと促されました。尻に顔を押し当てたりもしながらやっていると、ガクガクと尻を落としてから、仰向けになってまた足を開いて、陰部を見せるようにしました。

もう2時間以上やっていますが、飽きる事はありません。結局、夕方まで触り続けました。私は逝っていないので収まる事は無いのです。そして姉も「早くしたかった」と言いました。其からも数回同じような事を繰り返していましたが、姉が「姉弟でこんな事はいけないので、止めよう」と言い出しました。

 

それからは姉は前のように触らせてくれません。しかし、あの淫靡な匂いや行為を忘れる事はできません。夜、父は別の部屋で寝ていて、母たちと3人川の字に寝ていて、母、私、姉と並んでいました。夜中に姉の布団に手を伸ばしそっと尻に触って見ました。

  向こう向きに寝ている尻に手を伸ばし、陰部の辺りを触って見ました。気が付かれても母に言うはずはありません。下着の脇から指先を忍ばせると懐かしい感触です。指を抜くと指に唾液を付けて下着の脇からまた指を忍ばせると思った以上に、簡単に温かいぬめりの中には根元まで入りました。

ヒク、ヒク、ヒクと数回腟が指を締め付けます。気が付かれたかと思いました。10分位じっとしていて指を抜いて止めました。朝、姉が何かに言うかと思いましたが何も言いません。其からは夜這いの歴史です。

 

  初めての精通が起きました 高1

8  よしゆき - 2017/01/21(Sat) 02:01 No.2382 

私は小学校から自慰を日に数回はしていました。姉に夜這いをしながら自慰をするようになって行きます。学校に行ってもあんないやらしい事をしているのは、自分だけだろうと卑下していました。何故そんなに日に数回も自慰が出来たか。

まず射精がまだ無かったので下着を汚すこともなく、何度も出来たのです。私の自慰は学校にある登り棒で覚えました。竹を登っていると竹にペニスが触れていなくても、下腹からペニスにかけて何ともいえない快感が沸いてきて、目の前が黄色くなって行くのです。

直ぐに竹の代わりに、座っている座布団を挟むようにすれば良いことを発見。授業中に小3からやっていたが、先生は気が付いていたかも。其から直ぐにペニスを足を組むようにして挟み込んで、リズムを付けながら閉め込むと、ハアハアするくらいの快感がきて、ペニスがヒクヒク痙攣します。

 

中2の頃までそのやり方でしたので、精通が来ていてもペニスを締め付けているので、精子が出なかったのかも知れません。寝静まると姉の下着に指を差し込んで、ペニスを締め付けて自慰をしていました。寝静まって寝息を確かめながらゆっくりと下着の上から、恥骨の盛り上がりの上に手を乗せて楽しんだ後、指を濡らして陰門に宛がうと、ピッタリとくっついた襞が割れて、難なく指が射し込めます。

股を締め付けてハアハアして眠るのが日課になっていました。たまに気付かれて手を払い退けられても、朝何も言いませんでした。怒っている様子はありません。母親に気づかれないようにするのが大変でした。姉が高2私が高1になった頃に転機が来ました。

 

1人でその日はエロ本を読みながら、亀頭を指先で転がしていて、突然ペニスに異変が来てウグーと言いながら腰を震わせました。初めての精通が起きたのです。パンツがベトベトなっていて驚きましたが、親には言えません。そして今までの自慰では、腿がベトベトなって出来ないようになりました。

そんな時の11月ごろ、急に姉と2人で寝るようになったのです。当時冬は炬燵に布団を敷いて暖を取りながら寝るようにしていたので、父と母、姉と私が寝るようになったのです。私は強い興奮を覚えたものです。そして本格的な夜這いが始まりました。身震いがするほどの興奮は他では味わえません。

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