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2018年6月9日土曜日

幼稚舎の時から父親に虐待を受けていました 1/2(★性的虐待体験★)


★性的虐待体験★

 

 

幼稚舎の時から父親に虐待を受けていました 1/2

http://nan-net.com/rape/bbs/k/msg/4/Cj-4AApw/

1:スズムシ  投稿者:[みく] JgxlGx0w8k    14/05/28 02:14 

私は1年生の時から虐めに遭っていました。他の子と自分は違ってるという自覚もあったので、仕方なかったと思います。私が他の子と違う理由は、幼稚舎の時から父親に虐待を受けていたからかもしれません。

物心ついた頃から父親にかまってもらった記憶はありませんでした。いつも遅くに帰ってきて、朝早く出て休みの日は自分の部屋で1日を過ごすような父でした。

いつからか父はよく声を荒げるようになりました。理由は分からないのですが、母は黙って泣いてるだけでした。その頃から、私が靴を揃えていないと言って夜中に私を起こすと、パジャマのまま玄関に正座させたり、休みの日に掃除の手伝いが出来てないと言って、柱にくくりつけられたりするようになりました。


母は見ないふりをしていました。ある日裸にされて床の拭き掃除をさせられた日、父は四つん這いになって丸見えになってしまっている割れ目に、モップの棒をこすりつけてきました。「そのままジッとしてろ」といわれたので、父になされるがままでした。そんな事があってから父の虐待は形を変えていきました。

一緒にお風呂に入るようになりました。父は私を立たせると足を開かせて、石鹸を直接体にぬっていきました。足から順に石鹸をつけていきます。そして股までくると、父はゆっくりと石鹸を割れ目にそって動かします。幼い私は羞恥を知る前に、大人からもたらされる快楽を知ってしまいました。

父からの性的虐待は、徐々に、ゆっくりとエスカレートしていきました。もちろん性的でない虐待も受けていました。私は誰に助けを求めるべきか分からなかったし、助けを求めていいのかすら分かりませんでした。
 

幼稚舎を出る頃には、父は私のお尻に指を入れたり、自分のモノやお尻の穴を私に舐めさせたりするようになっていました。このように具体的なことを書いていいのかどうか迷いながらの投稿です。子供にとって性的虐待は激しい暴力に匹敵すると考えていますので、自分の中にある黒い物を吐き出すためだけに投稿するのは、自分勝手なのではないかと不安にもなっています。

おそらく、どれだけ書いても私の中の黒い物はなくならないのかもしれません。もしも、あまり具体的に書き続けない方がいいのであれば、削除していただくか、注意をしていただきたいと思います。管理人の方、よろしくお願いいたします。

 

敏感になった割れ目執拗に舐め 初等科

5: [みく] JgxlGx0w8k 14/05/29 02:50

有難う御座います。今後もこれ以上書かない方がいいと判断なさった時は、削除依頼等して頂いて構いませんのでよろしくお願いします。

何も分からない幼い私にとっても父の物を口にいれるのは抵抗がありました。どんなに歯を立てないようにしても歯が当たってしまい、その度に増えるお仕置きが怖かったせいもあるのかもしれません。

決まって母がいない時間でした。父はソファーに腰掛けると私の頭を股間に押し付けて、時には腰を動かしました。喉の奥まで入れられても、まだ大人の物を全て口に入れるなんてことはできないため、手を使う方法を教えられました。


口に入れて舌を動かしながら手でこすったり、玉を揉むように指示されました。上手くできないと罰としてお尻の穴を舐めさられたり、ひどい格好をさせた私のお尻の穴に指を出したり入れたりされることになります。そしてほとんどが、罰をうける結果になっていました。

父からは口止めをされていました。母にも、幼稚舎の先生にも誰にも言ってはいけない事だと。それでも私は先生に、「お父さんとお風呂に入ると、手で体を洗ってくれます」みたいな事を言ったことがありました。

次のお休みの日だったと思うのですが、私は部屋から1歩も出してもらえず、トイレも洗面器でさせられ、1日中裸で部屋の掃除をするように言いつけられました。ご飯も食べさせてもらえませんでした。それからの私は決して、大人に家のことを話すような失敗はしないようになりました。


父の物を咥えることと、お風呂でもたらされる快楽は私にとっては別物でした。父を恐れながらも、お風呂の時間は恍惚とした気分にさせてくれる、唯一の安らぎだったように思います。股を洗う時にはリンスが使われるようになりました。石鹸でゴシゴシ中まで洗われると、ヒリヒリすると言ってからリンスに変えられました。

ヌルヌルとしたリンスをつけた父の手が、ゆっくりと割れ目をなぞるように動くと、もっと触って欲しくなり足を広げたり、父の手に股を押し付けるようになりました。寝る前には自分で触るようにもなりました。


初等科に行くようになると、私は父が出したものを飲むようになりました。学校での記憶はほとんどありません。虐めが始まったのもこの頃からですが、初めは仲間外れにされる程度でした。

いつも母がいないときだけだった性的な虐待は、母がいても行われるようになりました。夜中に父が私の部屋に来て、パンツを脱がせると頭を股間につけて、お風呂でもたらされる快楽よりももっと強い快楽と、もっと複雑な罪悪感を植え付けられるようになりました。

まだ何も感じない平らな胸に舌をはわせ、敏感になった割れ目執拗に舐め、お尻の穴を広げるように指を出し入れされ、まるで野犬のように息を荒げて鋭い目で見る父、快楽は恐怖でもありました。父は自分の物を割れ目に擦り付けて果てるようになりました。


父の変質的な行為は、徐々にエスカレートしていきました。お尻の穴には大人の指がすっぽりと入るようになっていました。そして罰を受け手父のお尻や玉を舐めながら、父のお尻の穴に私の指を入れさせられるようにもなりました。

8歳の時です。普通の家庭なら家族に守られて、わがままを言って、楽しく笑っているはずでした。同級生達がそうしている時に私は、股を広げて父の口に腰を押し付けていました。自分の乳首をつねって父を喜ばせていました。父の指が肛門を刺激する度に、腰をくねらせていました。

私に子供時代はありませんでした。長く、くどく、申し訳ありません。私の体が穴だらけにされるまでを、長々と書いてしまうと思いますがよろしくお願いします。

 

何度も家庭訪問をしてくれました 2年生

10: [みく] JgxlGx0w8k 14/05/30 01:16

注意力は散漫になり、初等科の成績はひどいものになっていました。頻繁に学校から家に連絡が入るようになりました。2年生の時の担任の先生は、家まで一緒に帰ってくれたり、何度も家庭訪問をしてくれましたが、私は幼稚舎の時の経験から、先生に相談するような事はできませんでした。

今でもあの時先生は何か感じていたんじゃないかとか、相談すれば何か変わっていたのかもしれないと思うことがあります。優しくて熱心な先生のお蔭なのか、2学期以降、父の虐待の回数が減ったのは事実でした。それでも私の成績が大きく上がることはありませんでした。

勉強に使う曜日が週に3日ほど作られ、その曜日や父が忙しい日は虐待に遭うこともなかったので、父との行為は週に1ほどに減りました。


今日はお尻の穴を広げられた時の事や、アナルでセックスされた時のことを書こうと思っていたのですが、連日思い出していると、さすがにキツいのでお休みします。

 

お嬢様学園か、または国立、私立の付属の教育環境?

11: [ロリコンなんだけどね] 14/05/30 03:18

幼稚舎、初等科に通っていらっしゃったとは、お嬢様学園か、または国立、私立の付属の教育環境だったんですかね?? お父様も社会的には高い地位にあったとか??

 

穴が痛いというよりお尻が爆発したのかと思うほどでした

14: [みく] JgxlGx0w8k 14/06/02 02:39

経済的には裕福な方だったと思います。ただ私立の学校に行かせてもらえたのは、親の見栄体裁のためだったと思います。父が休みの日、学校から戻るとすぐに行為が始まる日もありました。母は父の命令でいなかったのか、辛くていなかったのか分かりませんが、父が平日に休みをとると決まって母は不在でした。
玄関に立たされたまま、制服を着替えることも許されずに、パンツの中に手を入れられることもよくありました。駅でトイレをすませておかないと、玄関でお漏らしをしてしまうようなこともありました。そんな時は、やはり罰を受けました。


父の部屋に連れていかれるのが1番怖い罰になっていくのですが、、父の部屋には書棚と机、ベッド、テレビ、スクリーン、スピーカーがあり、白い壁ばかりで30センチほどの小さな窓のようなものがあるだけでした。


その部屋に入ると父の変質的な行為は、長く苦痛を伴うものが多くなっていきます。罰として部屋に入るので、まず父のものを口で綺麗にしながら、教え込まれた方法で父を喜ばせていきます。舐めたり頬張ったりしながら父の肛門に指を伸ばします。

父が指示する通りに指や舌を動かすと、父の口からくぐもった声が聞こえました。その声を聞くのがいやでたまらず、意識を口と指に集中していました。父は1度、私の口に出します。それから私のお尻に液体を垂らすと、父の指がゆっくりと肛門に入ってくるのが判りました。何度も繰り返してきた行為ですが、あの時の無力感は何度味わっても変わることはありませんでした。

父は肛門を広げるように指を動かし、鋭い目で私を見ながら、クリトリスを自分で触るように指示してきました。父に肛門をえぐるようにされ、クリトリスからの刺激で私は快楽を得てしまい、次第に腰を浮かしてしまうのですが、そうすると父の指が2本に増えお尻を大きく広げられてしまいます。それが嫌でわざと快楽を得ないようにすると、父はクリトリスを剥き出しにして舐めてきました。電気が走るような感覚に体が反応していると、やはり2本目の指をお尻の穴に無理矢理入れてくるのです。


まだ9歳になる前でした。父は、私のお尻を犯しました。小テストの点数がひどかった時の罰だったと思います。部屋に見慣れない大きな鏡がありました。その日は私の口に出すことはせず、注射器のようなものでお尻の中に牛乳を入れました。始めての罰でした。お腹が大きく張って苦しくて、許しをもらってトイレに行ってもどってくると、父は私のお尻に液体を垂らすと、自分のものにも液体をつけました。

四つん這いにさせられ、父が自分のものをお尻の穴にあてがった時も、まだ何をされるのか判りませんでした。お尻の穴や、膣に、男の人の物を入れるという発想がなかったんです。お尻の穴が裂けたような音がしました。穴が痛いというよりお尻が爆発したのかと思うほどでした。苦痛で大きな声を出してしまっていたのか、父に口を塞がれると、クリトリスを自分で触るように指示されました。


気がつくと父に抱えられて鏡の前にいました。父のものはまだ私のお尻に刺さったままでした。ひどい状態でした。肛門のまわりの肉はもり上がったり、巻き込まれたようになって父のものは半分以上入っていました。私は仰け反り、頭をふり、手をつっぱねて、必死に逃げようとしましたが、痛みが酷くなるばかりでした。

鏡の中の父の目はうつろで、割れ目や、大人のものを捻じ込まれているいびつなお尻の穴を凝視していました。どうしてあんな風にいびつだったのか、みんなそうなるのか分かりませんが、とてもひどいものでした。

この日お尻の感覚がなくなるまで父は自分のものを抜いてくれることはありませんでした。

 

みくさんは、普通に生活出来ていますか?

26: [(無名)] 14/06/04 18:34

 

性的虐待については、どうしても医師に伝えられません

27: [みく] JgxlGx0w8k 14/06/04 20:25 

>>26 の無名の方へ

心のケアを受けています。家庭機能不全家庭で育ったこと、虐待を受け手いたことは伝えて治療を受けていますが、性的虐待についてはまだ伝えていません。どうしても医師に伝えられません。

普通の暮らしに近い生活はしています。時々失語症のような症状が出ることや、パニック障害を持っていますが、投薬などで安定した状態をキープできるようにはなってきました。無名さんもトラウマが原因でパニックやフラッシュバックなどの症状が出るのであれば、医療機関へ相談された方がいいのではないでしょうか。

私はまだ伝えられていない大事な事もありますが、日常生活は思ったよりも変化がありました。参考になったか分かりませんが、一度試しにでも医療機関へ相談されることをお勧めいたします。

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